■事実の把握
まずは事実の正確な把握・記録に努めましょう
万が一にも介護サービスの利用者の方が介護事故に遭ってしまった場合、ご利用者やそのご家族の方が真っ先に思うことは、実際に何が起きたのかを把握することではないかと思います。以下のポイントにしたがって、事実を正確に把握し、記録するように努めてください。
①事故後の本人の状況を把握し、記録する
事故後に本人はどのような状況にあるのかを把握してください。また、把握した結果を記録に残すように努めてください。
②事故の時間、場所、態様を把握し、記録する
いつ、どこで、どんなことがあったかを、なるべき正確に把握してください。また、また、把握した結果を記録に残すように努めてください。
③目撃者や関係者の有無を把握し、記録する
第一発見者は誰か、どのような状況で発見したのか、目撃した職員などはいるのか、などを把握してください。場合によっては、関係者の話を録音・録画することもあります。
④各種書類の整理・把握
当該利用者の状況や介護施設の状況などについて記録した書類を整理してください。具体的には、後述の「保存するべき証拠」のとおりです。
次に事故の説明を求めましょう
次に、ご利用者やそのご家族の方が思うことは、事業者に対して、事故の経緯や原因について十分に説明をしてもらいたいということだと思います。
ご利用者、ご家族の中には、事業者に対して、これまでお世話をしてくれたことへの感謝の気持ちを抱いていることもあると思いますし、また、色々なご事情で引き続きその事業者の介護サービスを利用せざるを得ないという場合もあると思います。
このような場合において、当事者間で話をすると、双方が感情的になって怒りや悲しみなどの負の感情のみが生まれてしまい、軋轢が大きくなるということも多くあります。
そこで、軋轢が大きくならないために、第三者である弁護士などを同席させて、事故の経緯や原因についての説明の場を設けることを提案する(弁護士も事業者に対して責任追及や賠償金請求を必ずしも目的としているわけではないことを説明したりして同席する)ことが考えられます。また、再発防止など今後の介護サービスの提供に当たっての留意事項を明確に約束する(合意書を作る)というようなことも考えられます。
軋轢が大きくなると、話が出来ない、話が聞けないということになりかねませんので、その前に早めのご対応・ご相談をおすすめ致します。
保険加入状況について確認しましょう
介護保険の指定業者として認められるためには、事実上、賠償責任保険へ加入しなければなりません。したがって、通常の介護施設であれば、施設賠償責任保険という保険に加入しているはずです。施設賠償責任保険とは、施設の安全性の維持・管理の不備や、構造上の欠陥または従業員の不注意により、他人に損害を与えた際に、事業者が負担する賠償責任を肩代わりするもので、介護事故の場合にはまず適用されるかどうか問題となります。ほとんどの介護施設が施設賠償責任保険に加入をしていると思われますが、介護事故に遭われたご家族の方は、念のため、事業者側にこの保険の加入の有無、引き受け保険会社、保険の限度額(保険会社から支払われる保険金の上限額)などについて確認をしてみてください。
また、利用者自身が加入している保険が使える場合があります。例えば、傷害保険などに加入していた利用者が、介護施設で転倒したことにより医療機関で治療を受けた際には、加入する保険会社から保険金が下りることもあります。また、利用者自身が契約している保険でなくとも、ご家族が加入している保険の内容によっては利用者のけがをケアしてくれるものもあるかもしれませんし、賠償請求にかかる弁護士費用をカバーしてくれるものもあるかもしれません。介護事故に遭われたご家族の方は、一度、利用者やご家族が加入している保険の内容を整理してみることをお勧めします。
責任追及・賠償金の請求
上記の要求に対して事業者が誠意ある対応を示してくれた場合、ある程度の金銭的な補償もあると思いますし、ご利用者・ご家族も必ずしも徹底した責任追及・賠償金の請求をするという思いを抱かれないこともあると思います。
他方で、特に、事業者の事故についての説明が不十分であったり、賠償責任とは別に道徳的・倫理的な謝罪もなかったりすると、ご利用者・ご家族としては、事業者に誠意がまったくないとして、事業者に対する徹底した責任追及・賠償金の請求を行おうと考え、裁判も辞さないと考えることも多くなると思います。
この点、発生した介護事故について、事業者に責任があるか、賠償金が認められるのか、また認められるとしたらどの程度のものか、といった点は、法的な判断が伴います。
また、その判断には、ご利用者の事故前の状態などのほか、事故の状況などを具体的に検討する必要がありますが、その判断材料となる介護記録や介護サービス計画書などの多くの資料は事業者が保管管理しています。そのため、場合により、以下で述べる裁判所への証拠保全の手続を行うことを検討する必要もあります。
証拠保全
事業者に介護事故の責任があるとして、賠償金の請求を行うにあたっては、ご利用者の事故前の状態などのほか、事故の状況などを具体的に検討する必要があります。その判断材料となる介護記録や介護サービス計画書などの多くの資料は事業者が保管管理しています。
もっとも、事業者は、責任追及を恐れるあまり、任意にそれらの記録を利用者側に提示してくれなかったり、記録の内容を自分たちに有利なように改ざんしたりすることも、悪質な事業者の場合などによってはあり得ます。
そこで、介護事業者が資料を提出しなかったり、提出した資料に矛盾や不自然な点がある場合には、裁判所に証拠保全の申立をして、証拠を収集することも検討する必要があります。
上記の事業者の責任の有無や賠償額の点のみならず、証拠保全の必要性などは法的な判断が伴うものですので、事故が発生した場合は、早期に一度、弁護士に相談することをお勧め致します。
保存するべき証拠
以下のようなものが考えられます。
①当該利用者が介護サービス開始時に介護事業者から利用者に交付された書面
介護サービス契約書、重要事項説明書など
②当該利用者の介護保険に関する資料
介護保険被保険者証、要介護認定票、介護保険主治医意見書、更新申請書一式など
③介護事業者やケアマネージャーが作成した当該利用者の介護計画に関する資料
個別援助計画書(サービス計画書)、ケアプラン(ケアマネージャーが作成する記録で、ご利用者やご家族にも渡されています)、フェースシートや家族からの聞き取り表など
④当該利用者の介護の状況に関する資料
モニタリング票(援助計画の実施の状況等の報告書)、業務日誌・介護記録・介護日誌・食事日誌・食事箋などの生活記録、介護スタッフ間の連絡を記録した書面やメール、会議の議事録など
⑤当該利用者の医療やリハビリに関する資料
通院先の医師や施設嘱託医の作成したカルテ、レントゲン、処方箋の記録など
⑥介護施設の状況や運営に関する資料
施設構造図、建物の図面、ヒヤリハットシート、当該事故以外の事故に関する利用者及び家族からの苦情内容等の記録、各種マニュアル、人員配置票やシフト票など
⑦事故に関する資料
内部報告書、市区町村への事故報告書、損保会社への事故報告書、当該事故の利用者及び家族からの苦情内容等の記録
医療機関に対する証拠保全
なお、証拠を保全するべき対象先としては、事故後に利用者を診察・治療等した医療機関も検討する必要があります。
事故後の診療についての記録は、ご利用者がどのような状態であったのか、何が原因であったかなど、事業者に責任があるかを判断するために参照するべきことも多いです。
もっとも、事業者の大半は、連携している医療機関があり、介護事故の際の診療もその医療機関で行われることも多いです。そのため、あってはならないことですが、事業者に有利な内容にカルテが改ざん等される虞もあります。
したがって、医療機関が資料を提出しなかったり、提出した資料に矛盾や不自然な点がある場合には、医療機関に対する診療記録の証拠保全も検討する必要があります。