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転倒・転落事故について事故態様が争われた裁判例

福岡地裁小倉支部平成18年6月29日判決の事案

この裁判例の事案は、老人ホームの入居者が入所中、負傷・死亡したというものですが、事故態様について、原告(利用者の遺族)と被告(施設側)との主張は食い違っていました。

原告(利用者側)は、利用者が朝食をとるために車椅子で居室から移動している最中に、その車椅子を押していた施設の従業員の不注意で転倒したと主張しました。それに対し、被告(施設側)は、その日は利用者に居室で朝食をとってもらおうと考え、職員が車椅子に乗せた後に「食事が来るまで座って待っていてね」と伝えた後、配膳の用意をするために居室を離れたところ、一人でいた利用者が何らかの理由で転倒した、と主張しました。

仮に原告の主張するように、介護職員が車いすを押している最中に転倒したとすれば、明らかに施設側の過失が認められます。他方で、被告の主張するとおり、利用者が居室に一人でいたときに転倒したとすれば、施設側の過失が認められるかどうかについて議論の余地が出てきます。

 

この裁判例での裁判所の判断

裁判所は、各職員の尋問を実施した上で、職員の言い分の方が信用に値すると評価し、原告の主張を認めませんでした

そして、裁判所は、施設の介護職員が本件事故の発生を予見したり回避できたと認めるのは困難であるとして、被告(施設)の責任を認めませんでした。

 

事実の認定に関する裁判所の判断の傾向

客観的証拠は重要だが・・・・

裁判において、どのような事実があったかが争われることは極めて多いです。

そのような場合、裁判官がまず重要視するのは、客観的証拠です。ここでいう客観的証拠とは、たとえば監視カメラの画像や録音された音声など、人の記憶などや証言などから独立して存在する証拠です。

この点、交通事故などは、ドライブレコーダーの映像やブレーキ痕や車の損傷状況などの客観的証拠が多く存在するので、ある程度、事故の状況については推認できることがあります。しかし、介護事故の場合、客観的証拠が残されていることはそう多くありません

そもそも、客観的証拠があれば、裁判になることも少ないといえます。

 

次に重要なのは、中立的な第三者の証言や第三者が作成した資料

客観的証拠が存在しなかったとして、次に重要となってくるのが中立的な第三者の証言や第三者が作成した資料です

しかし、事故態様については、中立的な第三者が目撃していていないケースも多くあり、当然、そのような資料が作成されていないことも多々あります。

 

介護日誌や事故報告書などの記録は利用者側に有利な資料として用いられる傾向

客観的証拠や中立的な第三者の証言または資料がなかったとして、次に重視されうるのは、事業者が作成した介護日誌や事故報告書などの記録です

ただし、その介護日誌や事故報告書などが介護職員によって記載されたものですと、どうしても施設側に有利な内容になりがちです。裁判官もそのこと自体は認識しており、施設側の言い分の裏付けとして用いることには消極的です。他方で、介護日誌などに、施設側に不利な内容(利用者側に有利な内容)が記載されているとすれば、その裏付けとして積極的に用いられます。なぜなら、本来、施設側に有利な内容が記載されていてもおかしくない介護日誌などに、施設側に不利な内容が記載されているということは、それだけ真実を反映させたものである可能性がある、と判断されるからです。

 

最後は、関係者の言い分が信用できるかどうか

客観的証拠もなく、中立的な第三者もおらず、かつ、介護日誌などの記録も決め手にならない場合には、最終的には、関係者に裁判所に来てもらい、裁判官の前で直接話をしてもらうことになります。これを、当事者尋問または証人尋問といいます。

裁判官は、当事者の話を直接聞いて、どちらの言い分が正しいのかを判断することになります。

 

まとめ

以上のとおり、裁判所は、最後には関係者から直接話を聞くことによって判断をしますが、福岡地裁小倉支部平成18年6月29日判決の事案でも、まさに、当事者である介護職員や、利用者の遺族から話を聞いた上で、介護職員の主張の方が真実であると認定しました。

逆に言えば、もしこの事案で客観的証拠や中立的な第三者の証言があれば、ここまで紛争にはなっていなかったでしょう。

また、判決文からは定かではありませんが、介護日誌や事故報告書には、特段、施設側に不利な内容は記載されていなかったと推測されます。もし、そのような施設側に不利な記載があれば、裁判所は利用者(原告)側の主張を認めていたでしょう。

このように、介護事故の事案では、客観的証拠、中立的な第三者の証言が重要視され、介護日誌等の記録は介護施設の責任を認める限度で重要視される傾向にあります。ですから、介護事故が発生した場合、利用者側としても、施設側としても、これらの傾向を把握した上で、事実の確認をする必要があるのです

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