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転倒事故で事業者側の過失の有無が争われた裁判例

事業者側の過失を肯定した裁判例

転倒事故に関して、介護事業者側の過失を認めた裁判例は多数有りますが、このコラムでは、大阪高裁平成19年3月6日判決と福岡地裁小倉支部平成26年10月10日判決を紹介します。

大阪高裁平成19年3月6日判決は、利用者が痴ほう対応型共同生活介護施設において転倒・骨折し、その結果、転倒事故から約2年後に死亡した事案です。裁判所は、「普段と異なる不安定な歩行の危険性があり、それが現実化して転倒に結び付いたものであり、職員としては、利用者のもとを離れるについて、せめて、利用者が着座したまま落ち着いて待機指示を守れるか否か等の見通しだけは事前に確認しなくてはならないのに、これを怠った」と認定し、施設側の責任を認めました。つまり、職員としては、利用者が普段と異なる不安定な歩行をする可能性があったことを認識できた筈であるから、しかるべき対処をするべきだったのにこれを怠ったものと判断したのです

福岡地裁小倉支部平成26年10月10日判決は、96歳だった利用者が、被告経営の特別養護老人ホームの短期入所生活介護事業サービスを利用中、転倒して傷害を負い、その後死亡したという事案です。裁判所は、①利用者の足腰がかなり弱っていたこと、②訪問看護記録には歩行状態の不安を指摘する記載があること、③訪問看護計画書にも、「・・・・転倒する可能性が高い」との記載があること、④被告施設も利用者に対して歩行介助を提案していたことなどから、利用者は基本的に歩行中いつ転倒してもおかしくない状態であったというべきであり、被告が本件事故を予見することが可能であったとしました。その上で、被告(施設側)は、利用者が歩行する際、可能な範囲内において、歩行介助や近接した位置からの見守り等、転倒による事故を防止するための適切な措置を講じる義務があったのに、これを怠ったとして、施設側の責任を認めました。つまり、裁判所としては、職員は利用者が転倒する可能性があったことを認識していた筈であるから、事故防止のための措置をするべきだったのにこれを怠ったものと判断したのです

 

施設側の過失を否定した裁判例

他方、転倒事故に関して、介護事業者側の責任を否定した裁判例も多数存在しますが、ここでは、東京地裁平成24年11月13日判決と東京地裁平成27年3月10日判決を紹介します。

東京地裁平成24年11月13日判決は、当時71歳の利用者が、被告会社の設置、運営するデイケア施設を利用していた際、転倒事故により傷害を負ったとして、利用者の相続人である原告が損害賠償を求めた事案です。裁判所は、①アセスメント表(利用者の状態や希望などの情報収集した結果をまとめた表)には、寝返り、起き上がり、移乗、歩行についての評価は「自立」であり、歩行、立位、座位でのバランスは「安定」の評価との記載があったこと、②利用者、本件施設の見学や利用の際にも一人で歩行しており、その際転倒したことはないこと、③日常的に通院していた病院の診療録をみても、利用者は、最後に入院していた時も転倒・転落歴や歩行時のふらつきもなかったことから、歩行能力において特に問題はなく、階段の昇降を含め、歩行時に介助を必要とする状況にはなかったと認定し、施設側は、利用者が転倒することを予見するのは不可能だったと認定しました。つまり、アセスメント表やカルテの記載を検討し、そこには、転倒・転落をした経験があることや、歩行時にふらつきがあったとの記載が無いことから、利用者が転倒することは予見できなかったと認定したのです

東京地裁平成27年3月10日判決は、利用者がデイサービスの帰りに自宅の玄関内で靴を脱ごうとしたところ、転倒したという事故です。利用者が自分を靴箱の横に置いてあった椅子に座らせて靴を脱がせるべきであったのにこれを怠ったと主張しました。これに対し、裁判所は、本件通所介護契約に基づき、原告は転倒しないよう十分な注意を払うといった抽象的な義務を負うが、原告が主張するような態様で介助する債務を負っているとは認められない上、被告の従業員が実際に行った介助につき明らかな不手際があったとまではいえず、むしろ、原告の行動に起因する突発的な事故であった可能性も残ることから、事業者側の責任を否定しました。

 

重要なのは予見可能性の有無と程度

予見可能性と予見義務

事業者側の過失を認めた裁判例(大阪高裁平成19年3月6日判決と福岡地裁小倉支部平成26年10月10日判決)と、過失を否定した東京地裁平成24年11月13日判決を比較すれば明らかとおり、施設や介護職員が、転倒事故が発生する可能性があると予め認識できたかどうか、あるいは、実際に認識すべきであったかどうか、つまり、予見可能性と予見義務が問題となります。

 

結果回避可能性と結果回避義務

また、予見可能性と予見義務があることを前提に、結果を回避する可能性や、結果を回避する義務の有無も問題となります。

たとえば、事業者側の責任を認めた裁判例(大阪高裁平成19年3月6日判決と福岡地裁小倉支部平成26年10月10日判決)でも、明言こそされていませんが、職員が実際に適切な措置を講じることは可能であり、それを講じていれば、事故の発生を回避できたことが、事業者側の責任を認めることの理由だと考えているようです。

 

特に重要なのは予見可能性の有無と程度

本来、予見可能性と予見義務は、それぞれ別の概念であり、これが全てそろわないと事業者側の責任は認められません。

しかし、実際には、ほとんどの事件で、裁判所は事業者側が転倒などを予見できるのであれば、これを予見すべき義務があると認定される傾向にあります。事業者側の過失を認める傾向にあります。すなわち、予見可能性さえ認めてしまえば、特別な事情がない限り、事業者側の予見義務が認められることが多いのです。

もっとも、予見することが出来たとしても、その可能性が極めて少ないといえる時には、例外的に事業者側の責任を否定することもあります。また、予見することが出来たとしても、抽象的な可能性しか認識できなかった場合にも、事業者側の責任を否定する傾向にあります。

私見ですが、転倒事故において、最終的に問題となるのは、予見できる可能性の有無ではなく、程度ではないかと思われます。すなわち、高齢者、とりわけ介護を必要とする人物であれば、多かれ少なかれ転倒する可能性はあるはずです。高齢者が転倒することは誰しもが予見出来るわけですが、それだけで予見可能性を肯定してしまうと、およそ全ての転倒事故について事業者の過失を認めることになり、結果的に無過失責任(事業者の過失がなくても事業者の責任を認めること)を認めることになってしまいますが、それはあまりにも不合理です。

したがって、利用者が転倒する点について、抽象的な危険のみを認識していたのみでは、事業者側の過失は否定されるべきでしょう。

いずれにしても、最も重要なのは、事業者側が転倒などを予見できたかどうか、予見できたとしてどの程度予見できたのか、という点といえます。

予見可能性判断要素と資料

そして、その予見可能性やその程度を判断するにあたって、裁判所は、以下のような要素を総合的に検討して結論を導いています

① 利用者の年齢、性別

② 利用者の要介護度、身体動作の能力

③ 利用者が疾患(精神と身体のいずれをも含む)を抱えている場合にはその症状

④ 利用者の経歴や普段の行動

⑤ ①~④について事業者側に与えられた情報の内容

⑥ 転倒した場所の状況や属性(転倒しやすい状況にあるかどうか)

⑦ 実際に転倒した時の動作や状況(利用者が転倒しやすい動作をしていたかどうか、職員の配置状況や行動、転倒防止措置の内容など)

 

この判断の材料となる資料としては、訪問介護計画表や病院の診療録などの証拠が重要な証拠として用いられます(重要な資料については、「家族など利用者側にの対応」ご参照)。とりわけ、医師が介護事業者向けに作成した書面(居宅療養管理指導書など)は、まさに介護事業者の対応を指示するために作成されたものですので、その文書の内容は極めて重要視される傾向にあります。

ただし、その資料の一部に「転倒に気をつけてください」とか「転倒注意」と書いてあることだけで、直ちに事業者の予見可能性が認められるとは限りません。実際、東京地裁平成28年8月23日判決は、病院の指導書に「転倒に気を付けてください。」と書いてあった事案ですが、裁判所は、「平成26年5月に至り,転倒に留意すべき旨の記載がなされているものの,その根拠となる具体的な事実の記載はなく,本件施設職員による観察及びその分析,情報共有の結果によるも,原告の問題性としては失禁時の対応や帰宅願望への対応が中心であり,歩行能力について格別具体的な問題は観察されず,本件各契約締結後,本件施設において原告が転倒したことはないほか,入所オリエンテーション時及びその後の連絡や面会の機会において,原告の家族からは転倒に対する具体的な不安は聞かれていない。」などとして、この記載を理由に予見可能性を認めることはありませんでした。

私見ですが、もし、この事案で、指導書などに転倒に留意すべきことの根拠となる具体的な事実(たとえば、下肢の機能の低下や、自律的な移動が困難である)などが記載されていれば、転倒の具体的な危険を認識すべきであったとして、事業者側の過失は肯定されたものと思われます。

 

結果回避可能性と結果回避義務

転倒の予見可能性と予見義務があったとしてもたとえば、見守り体制を整えて高頻度の見守りや声かけをしていたということであれば、結果回避可能性はない、と認定されて事業者側の過失が否定されることもあります。

結果回避可能性と結果回避義務の判断にあたっては、具体的には、事業者側が、①いつ、誰が、何をすべきだったのか、②それをしなかったことが結果の発生とどう結びついたのか、③介護事業者が実施すべき行為が、介護水準や介護慣行に照らして、行うべきものと期待できるものなのかどうか、が問題となります。

たとえば、東京地判平成27年3月10日の裁判例は、利用者がデイサービスの帰りに自宅の玄関内で靴を脱ぐときに転倒したという事案ですが、裁判では、デイサービスの送迎担当者が利用者を自宅の靴箱の横に置いてあった椅子に座らせて靴を脱がせべきであったかどうかが問題となった事案です。この事案で、裁判所は、このような介助をすべき債務を事業者が負っているとは認められないし、実際に担当者が行った介助につき明らかな不手際があったとまではいえないとして、利用者の責任を認めませんでした。明言はされていませんが、この裁判例は、結果回避義務を否定したものと理解できます。

ところで、介護事業者側が利用者に対し介助を申し出たときに、利用者がこれを拒否した場合には、結果回避可能性がないと言えないか、問題となります。この点が争点となった裁判例として、横浜地裁平成17年3月22日の裁判例があります。これは、通所型の介護サービスを受けていた利用者(女性・85歳)に対し、職員がトイレ内での同行介護を申し出ましたが、その利用者が拒絶した後、トイレ内で転倒し、右大腿骨頸部内側骨折してしまい、その後、要介護4の認定を受けたというものです。この利用は、この事故以前も転倒し、左大腿部を骨折したことがあり、主治医の意見書でも「介護に当たっては歩行時の転倒には注意すべき」と記載されていました。裁判所は、「トイレ内で転倒する危険があるので,職員としては,意を尽くして転倒等の危険を説明し,介護を受けるよう説得すべきであり,それでもなお真摯な介護拒絶の態度を示したような場合でなければ,介護義務を免れることにはならない。」などと示して、事業者の過失を認めました(ただし、利用者側の過失も認め、3割の過失相殺をしました)。

このように、利用者が介護事業者側の介助を拒否した場合であっても、きちんと危険であることの説明をし、説得をしないままでは、事業者側の過失は認められてしまうのです。

 

事故そのものだけでなく、事故後の対応が不十分とされることも

事故自体に過失がなくとも、事故後の対応が不適切であり、それについて賠償責任を問われることもあります。

そのような事案として、東京地裁平成25年5月20日判例を紹介します。これは、高齢者である原告が、一度乗り込んだ送迎車両から降りようとして転倒した際、右大腿骨頸部骨折の傷害を負い、翌日まで受傷状態のまま放置されたという事案です。

本件事故が被告の安全配慮義務違反により生じたとはいえないものの、翌朝まで原告を留め置いた被告には、速やかに医師に連絡を取る等の必要な措置を講ずべき義務違反が認められるとして、請求を一部認容しました。

一般的に、高齢者が転倒した際に骨折、捻挫、脱臼等の傷害を負う危険が高いです。また、そもそも痛みを感じる機能が衰えていることもあるし、骨折をした場合でも患部を動かすことができる場合があるため、怪我をしていないと即断するのは危険です。したがって、転倒したら速やかに医療機関の治療を受けさせるべきでしょう。

 

過失の有無が問題となったら

このように、裁判において、事業者の過失の有無は、さまざまな事情から総合的に判断されますので、どのような事情があれば過失を認めるべきかについては、ケースバイケースの判断となります。過失の有無について、確立的な基準を立てることは困難です。

もし、利用者の方でも、事業者側の方でも、転倒・転落事故における過失の有無についてお悩みの点があれば、弁護士に相談することをお勧めします。

また、いずれにしても、裁判では、訪問介護計画表や病院の診療録などの資料が重要な証拠として用いられるということは間違いありません。それらの資料の収集方法が分からないとか、どう分析したら良いか分からないなど、収集や分析についてもお悩みの方は、弁護士に相談した方が良いでしょう。

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