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誤嚥事故で事業者側の過失の有無が争われた裁判例

誤嚥事故の裁判例は多数

言うまでもなく、生活をしていく上で、食事をとることは不可欠な行為ですので、食事に関する介助は介護サービスの中でも極めて重要な意味を持ちます。しかし、高齢になると嚥下(食べ物を飲み込む)能力は低下する傾向にあります。そのため、介護サービスを受けている最中の誤嚥事故は後を絶ちません。

また、高齢者の方は持病を抱えていることが多いので、多くの薬を処方されています。しかし、痴呆などにより、飲むべき薬の量を間違えたり、別の薬を誤って服用する誤薬事故も多く発生しています。

ある統計によると、介護事故の原因の中で、転倒が圧倒的に多く、誤嚥や誤薬の事故は、それと比べるとあまり多くないとされています。しかし、裁判では、誤嚥や誤薬の事案がかなり多いといえます。その理由は、転倒事故で死亡に至るのはそう多くはないのに対し、誤嚥や誤薬の場合には残念ながら死亡や意識不明の重体に至ってしまうことが多くあります。そのため、賠償請求額が多額になる傾向にあり、それ故に裁判前に解決に至らないことが多いので、裁判となる件数も多くなるのです。

転倒事故の過失のコラムでも検討したとおり、過失の有無を判断するにあたって、重要なのは、事業者側の予見可能性の有無と程度です。つまり、介護事業者側が誤嚥などを予見できたかどうか、予見できたとしてどの程度予見できたのか、という点が極めて重要な要素となります。

 

誤嚥事故で事業者の過失を肯定した裁判例

実際に裁判になった事例をみると、誤嚥事故で事業者の過失を認めた裁判例としては、水戸地裁平成23年6月16日判決が挙げられます。

これは、介護老人保健施設に入所し、パーキンソン病に罹患している被害者が、昼食として提供された刺身を誤嚥して窒息し、死亡した事故です。被害者の相続人が、被害者に誤嚥の危険性の高い刺身を常食で提供するなどしたことについての施設の過失を主張して損害賠償を求めたのです。

裁判所は、「①本件刺身の大きさは健常人が食べるのとそれほど異ならない大きさであり、本件施設が嚥下しやすくするための工夫を特段講じたとは認められないこと、②刺身は嚥下能力が劣る高齢の入居者に提供するのに適した食物とはいい難いこと、③本件被害者の嚥下機能の低下、誤嚥の危険性からすれば、本件施設の職員は誤嚥の危険性が高いことを十分予測できたといえるから、本件施設が被害者に対し刺身を常食で提供したことには過失が認められると判断しました。

このように、誤嚥事故では、(1)どのような食物を、どのような形態で与えていたのか、(2)利用者の嚥下能力や意思能力の程度などが重要視されます。

 

誤嚥事故で事業者の過失を否定した裁判例

他方で、誤嚥事故で事業者の過失が問われた事案で、事業者の過失を否定した裁判例は多数存在します。

たとえば、神戸地裁平成16年4月15日判例は、被告が設置・運営する特別養護老人ホームで、職員が食事介護をしていたところ、パンないしパン粥の誤嚥により窒息死したという事故について、故人の相続人が損害賠償を請求した事案です。裁判所は、故人は普段から食事を全量摂取することも多く、本件事故以前に誤嚥の兆候を認めることはできなかったのであることを理由に、職員が誤嚥の可能性を認識することは不可能であるとして、原告の請求を認めませんでした。

他にも、東京地裁平成22年7月28日判決は、料老人ホームを経営する被告と入居契約を締結していた入居者で、アルツハイマー型認知症であった原告らの父親が、同老人ホームで食事中に食物を誤嚥し、死亡した事案で、裁判所は、被告には誤嚥による窒息死について予見可能性がなかったこと、事故後に迅速・適切な措置をとる義務に違反したとはいえないことなどから、債務不履行はないとして請求を棄却しました。

このように、事業者側の過失の有無が判断に際しては、先に述べた(1)どのような食物をどのような形態で与えていたのかや、(2)利用者の嚥下能力や意能力の程度だけでなく、(3)嚥下能力や意思能力の程度について介護事業者側が認識していた情報、(4)事業者側の体制、なども重要なファクターとなるのです

 

重要な資料

そして、転倒事故でもそうであったとおり、事業者側が誤嚥を予見できたかどうか、どの程度予見できたかの判断にあたっては、医療記録、介護事業計画書、家族からの要望書などの資料が重要視されます。医療記録に嚥下能力の低下をうかがわせる記載があったり、家族からの聞き取り事項の中に嚥下能力の低下を窺わせるものがあり、かつ、それらを事業者が認識していれば、ほぼ間違いなく誤嚥についての予見可能性を認める結果になるでしょう。

ただし、他方で、医療記録や家族からの聞き取り事項の中に嚥下能力の低下を窺わせるものがなくても、予見可能性が否定されるかといえば、決してそうではありません。

例えば、神戸地裁平成24年3月30日神戸地裁判決では、利用者がロールパンを誤嚥して窒息死した事案につき、医師の診断には嚥下障害を示すものはなかったことや、家族からの要望の中にも食物に気を付けてほしい旨の記載はなかったことから、誤嚥につき予見可能性はなかったと認定して、介護事業者側の責任を否定したのです。

しかし、この神戸地裁の判決に対する控訴審である大阪高裁(平成25年5月22日判決)は、原審の認定を覆しました。というのも、この事案では、誤嚥事故が入居後3日程度であり、入居後に予定されていた初回の医師の診察・指示がいまだ実施されていない状態で発生した、という特殊事情がありました。大阪高裁は、例え医師による明確な指示がなくとも、日常的に高齢者と接している介護スタッフの知識・経験をもってすれば、誤嚥事故が発生することは危惧してしかるべきであると判示したのです。そのため、大阪高裁は、介護事業者としては、少なくとも医師による入居後初回の診察・指示があるまでは、頻繁に見回りをするとか、ナースコールを配置するなどすべきであったと認定し、介護事業者の過失を認めました。

この2つの裁判例からもわかるとおり、医療記録などは非常に重要視されますが、それは介護事業者側の誤嚥に対する予見可能性を肯定する方向で重要視されるのに対し、仮に医療記録に誤嚥の可能性を示す記載がなくとも、直ちに予見可能性が否定されるというわけではありません。その他の事情によっては、誤嚥事故が発生することを予見できたと認定される可能性もあるのです

 

事故後に適切な措置を講じることも必要

また、当然ながら、誤嚥事故発生時には、適切な措置を講じることも事業者には求められます。その点で事業者の責任を認めた裁判例として、東京地判平成19年5月28日判決を紹介します。

これは、特別養護老人ホームに入所していた高齢者が、かまぼこ片等を誤嚥した事故により低酸素脳症に陥り、その後死亡した事案で、親族が損害賠償を求めた事案です。裁判所は、直接の死因は老衰であるので事故との因果関係はないものと判断しましたが、「介護職員らは食事中に誤嚥しないよう介護、監視し適切な措置を講じる義務を負っていたにもかかわらずこれを怠ったのであるから、その死期が早められたことの責任を負う」として、原告ら(利用者の母親)の請求の一部を認容しました。

この裁判例で特に重要なのは、職員が誤嚥に気づいた際に処置を施した結果、容態が安定したように見えたので、そのまま119番通報せずに様子を見ていたところ、しばらくして再び容体が悪化という点です。裁判所は、容態が安定したように見えたとしても、引き続き利用者の状態を観察し、再度容態が急変した場合には、直ちに医療の専門家である嘱託医等に連絡して適切な処置を施すよう求めたり,あるいは119番通報をして救急車の出動を直ちに要請すべき義務を負っていたと認定し、施設側の過失を認めました。

誤嚥事故が生じた後に一旦は応急措置を講じたとしても、気道内の異物が完全に除去されたと的確に判断することは困難ですので、介護施設としては、救急車や嘱託医等を呼ぶ必要があり、それを怠った場合には施設側に過失が認められるのです。

 

まとめ

以上のとおり、誤嚥事故で事業者側の過失の有無が争われた事案では、以下の諸事情を総合考慮して、過失の有無を検討することになります。

(1)どのような食物をどのような形態で与えていたのか

(2)利用者の嚥下能力や意能力の程度

(3)嚥下能力や意思能力の程度について介護事業者側が認識していた情報

(4)事業者側の体制(頻繁な見回り・声掛けをしていたか、ナースコールなどは設置していたか

(5)誤嚥事故が起きたと知ったあとの対応は適切だったか

そして、以上の事情を認定するにあたっては、医療記録や家族からの要望書が特に重要視されます。

いずれにしても、誤嚥事故が起きた際には、事業者側も利用者側も、微妙な判断が求められますので、弁護士に相談することをお勧めします。

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