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介護事故が起きたときの介護事業所の行政上の責任

介護事業者の行政上の責任

ここでは、介護事業者の行政上の責任について、解説させていただきます。

介護事業者の「指定」(介護保険法(以下「介保法」とします。)70条、77条、86条)を受けた事業者は、都道府県知事または市町村長の監督に服することになり、一定の場合には「処分」(行政事件訴訟法3条2項)または不利益な取り扱いを受けることになります。
介護事故が起きた場合も、事故が発生した原因や事故後の事業者の対応如何によっては、これら「処分」や不利益な取り扱いを受ける恐れがあります。

「処分」には「命令」(介保法76条の2、83条の2、91条の2)や「指定の取り消し等」(同法77条、84条、92条)があり、不利益な取り扱いとしては「勧告」や「公表」(同法76条の2第2項、83条の2第2項、91条の2第2項)があります。

以下ではこれらの「処分」または不利益な取り扱いについて、その内容とどのような場合に課されることとなるのか解説します。

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勧告

「勧告」とは、行政機関が、相手方の任意の協力・同意を得て、その意思を実現しようとする行為をいいます。任意の協力・同意の下に実現を目指す点で一般に「処分」には該当せず、勧告を受けたからといって事業者に直接的な法的効果が生じるわけではありません。ただし、勧告に従わなかった場合、後述の「公表」を受けることになり、事実上不利益な取り扱いがなされる恐れがあります。

介護事故との関係で勧告がなされる場合としては、指定介護老人福祉施設の設備及び運営に関する基準に従って適正な事業の運営をしていない場合が考えられます。つまり、介護事故を未然に防ぐべく定められている設備及び運営の基準に反して、事業の運営がなされていると認められる場合、勧告がなされる可能性があります。

 

公表

「公表」とは、「勧告」を受けた指定介護事業者が定められた期間内に「勧告」に従わなかった場合に、その旨を公表することをいいます。「公表」が行われても、介護事業者の法的地位に変動が生じる訳ではないので、「処分」には該当せず、「勧告」に従わなければならなくなるものでもありません。

もっとも、「勧告」に従わなかったことが公表されれば、介護事業者の社会的信用が低下して、事実上の損害が生じるともいえ、事業に支障をきたすおそれがあります。したがって法的拘束力が生じないからといって安易に「公表」されることを選択するべきではないといえます。

介護事故との関係でも、上記の「勧告」に従わないことで「公表」は行われる可能性があります。

とりわけ介護施設の運営について、利用者は施設の安全性を考慮して施設への入居を検討することを踏まえれば、設備及び運営の基準に反しながらその改善勧告に従わなかったという事実を公表されることは、介護事業者の社会的信用を大きく損なうものと予想されます。

 

命令

「命令」とは、都道府県知事が、「勧告」を受けた介護事業者が正当な理由なく、その「勧告」に係る措置をとらなかったときに、期限を定めて、その「勧告」に係る措置をとるべきことを命じることをいいます。「命令」は前述の「勧告」と異なり、介護事業者に「勧告」に係る措置をとるべき法的義務を生じさせます。したがって、原則として介護事業者は「命令」に従って措置をとる必要があり、「命令」に従わなかった場合には後述の「指定の取り消し等」の「処分」が課されることになります。

「命令」が行われるのは、正当な理由なく「勧告」に係る措置をとらなかった場合です。このことから「勧告」に従わない正当な理由がある場合にまで「命令」がされる訳ではありません。

そこで、事業者は、「命令」を受ける前段階として、聴聞、弁明の機会を付与され、「勧告」に従わない正当な理由について主張することが可能です。

もっとも、都道府県知事の側は「勧告」が必要であるとの立場から「勧告」を行っているのであり、正当な理由が認められることは一般的に少ないといえます。

 

指定の取り消し等

「指定の取り消し等」とは、都道府県知事が、介護事業者が「一定の事由」に該当すると認める場合に、当該事業者の「指定」を取り消し、または期間を定めてその指定の全部若しくは一部の効力を停止することをいいます。「指定」の取り消しがなされるということは、介護事業者がそれ以上介護事業を行うことができなくなるということを意味し、経営上大きな打撃を受けることが予想されます。

「一定の事由」については、①指定に係る事業所の従業者の知識若しくは技能または人員について、都道府県の条例で定める基準または員数を満たすことができなくなったとき、②運営基準に従って適正な事業の運営をすることができなくなったとき、であるとされています。

そうすると介護事故においても従業員の教育不足または人員不足により事故が発生した場合や、介護事故の発生により施設の設備・運営の水準が運営基準に満たないことが発覚した場合などには、「指定の取り消し等」の処分が行われる可能性があります。

「指定の取り消し等」を争うためには、審査請求という不服申し立て手続きを行うことになり、審査請求の結果、なおも処分が取り消されない場合には、取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)を提起してこれを争うことになります。また、取消訴訟を提起したとしても、処分の執行が停止する訳ではないため(行政事件訴訟法第25条1項)、処分の執行停止を同時に申し立てていくこととなります(同条2項)。

しかし、この取消訴訟には出訴期間(審査請求に対する裁決があったことを知った日から6か月以内、または裁決の時から1年以内)があるため、原則として出訴期間を経過した後は争うことができなくなるので、注意が必要です。

もっとも、仮に、「処分」自体を取り消すことができなくなったとしても、国家賠償法に基づいて金銭賠償を求めることはできるため、一切の手段が否定される訳ではありません。

 

執行停止が肯定された裁判例(広島高判平成20年4月25日)

【事案の概要】

原告は、介護保険法に基づく通所介護の居宅サービス事業、予防支援等を目的とする会社であるところ、不正の手段により事業者の指定を受けたこと、人員基準違反、介護サービス費の請求に関し不正があったことを理由として、介護事業者の指定取消の処分を受けました。そこで、原告は指定取消処分の取消を求めるとともに、処分の執行停止を申し立てた、という事案です。

【裁判所の判断】

裁判所は、本件取消処分が行われることによって事業所は介護に係わるサービス費に該当する金員の請求を行うことができなくなり、実質的に介護サービスの提供を継続することができなくなること、その結果、原告は経営上多大な影響を受けること、さらに加えて、本件取消処分の結果原告は市に対して事業所の解説から受給した介護サービス費全額及びこれに100分の40を乗じて得た額を支払わなければならない状況にあること、施設が閉鎖されれば利用者は当然に他の施設に移動することになり、再び利用登録者を獲得するのが困難であること、を踏まえると、原告が被る損害は重大であり、事後的な回復が困難であるとして、執行停止を認めました。

 

行政処分の取消が否定された裁判例(東京地判平成22年9月10日)

【事案の概要】

介護保険法に基づく指定居宅サービス事業者及び指定介護予防サービス事業者等の指定を受けていた原告が、運営基準違反及び介護報酬の不正請求を理由として、各指定の取消処分を受けたため、処分の取消し等を求めた事案です。

【裁判所の判断】

裁判所は、原告が、「主治医の指示、主治医及び利用者の関与した看護計画の策定、指示書・計画書・報告書を通じた主治医との密接な連携を欠いたサービス提供を恒常的に行っており、その量・質・態様において重大かつ明白な基準違反を行っていること」、「実地指導後,改善の報告をしたにもかかわらず、今回の実地指導前にも指示期間を遡及した主治医の指示書の作成依頼等がされていること等から、もはや運営基準に従った適正な事業の運営を期待することができないと認められ」るとしました。

そして、上記事実を踏まえると、「運営基準にのっとった適切な主治医の指示及び指示書、訪問看護計画書、介護予防訪問看護計画書を欠くにもかかわらず、介護報酬を請求し受領した」といえ、「法令を遵守して訪問看護の事業及び指定介護訪問看護の事業を行うことを期待することができない程度の重大かつ明白な違反に当たる」ことから、原告の本件事業所に係る指定居宅サービス事業者及び指定介護予防サービス事業者の指定を取り消すことは相当と判断しました。

 

行政処分についてのまとめ

通常、執行停止が認められるためには、処分を受ける事業者に重大な損害が生じる恐れがあることが必要となります。この重大な損害か否かの判断は、損害の性質・程度から事後的に回復が困難となるか否かで判断されます。そのため、前記広島高判平成20年4月25日と同様に、単に営業上の利益を損害として主張しただけでは、執行停止の申立ては認められにくい者と考えられます。営業上の損害は、金銭賠償による補填が容易に行えるものと一般に理解されているためです。そこで、執行停止を申し立てる場合には、単なる営業上の利益を主張するにとどまらず、再び施設利用者を獲得する事が困難であることや、市に対して巨額の金銭の支払いをしなければならず財政的基盤を失い事業そのものが破綻すること、などを併せて主張していく必要があります。

一方で、行政側の勧告・命令に従わない時点で、処分が実施される蓋然性が生じるため、できる限り勧告・命令の内容には対応することで、指定取消等の処分を事前に回避すべきといえます。これら勧告・命令が根拠を欠くようなものでない限りは、指定取消の処分等が行われた段階で争うのは得策とは言いがたいです。

 

行政上の責任を追及されないためには

介護事故が発生したこと自体をもって直ちに上記の取り扱いがなされる訳ではありません。しかし、介護事故の原因は少なからず行政上の「処分」の原因を満たす事情のひとつとなり得ることから、事故後に原因の究明と予防策を講じることが重要です。

事故の原因が、設備の水準不足であれば、設備の改善を、介護職員の人員不足や能力不足の場合には、人員の補充・人材育成カリキュラムの見直しなどを検討すべきです。

仮に上記「勧告」がなされた場合も、法的拘束力がないものとむやみに放置せず、弁護士と対応を協議すべきです。また、「指定の取り消し等」の「処分」が行われた場合の救済方法は複雑で、期間制限もあるため、弁護士へ相談する事がお勧めします。

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