第1 基本的な考え
1 死亡逸失利益の基本的考え方
介護事故で被害者が死亡した場合、被害者(被害者自身は死亡しているため、実際には相続人)は、加害者に対して、介護事故によって死亡しなければ得られたはずの利益(「逸失利益」)を損害として賠償するよう請求できます。
一般的に、死亡事故の場合の逸失利益(「死亡逸失利益」)は、介護事故によって死亡しなければ働いて得られるはずであった収入が得られなくなった、という意味での損害と考えられています。
ただし、生きていれば支出されるべきであった生活費は、死亡したことにより支出を免れます。そこで、基礎収入のうち、生活費にあたる部分は、損害から控除されます。
そこで、死亡逸失利益は、以下のような計算方法で算出しています。
基礎収入×(1-生活費控除率)×死亡時から平均寿命までに対応するライプニッツ係数
2 年金・恩給受給者の方が死亡した場合の死亡逸失利益
被害者がすでに退職している場合、収入はありません。また、就労可能年数も過ぎてしまっていることがあります。
しかし、そのような場合であっても、被害者は年金を受給していることがあります。介護事故によって死亡しなければ、寿命で死亡するまでの間はその年金を受給できたはずです。そこで、受給年金額を基礎収入として、平均余命年齢までに得られるはずであった収入を死亡逸失利益として計算します。
第2 基礎収入の範囲
1 基礎収入となる年金・恩給、ならない年金・恩給
年金や恩給には様々な種類がありますが、全ての年金・恩給が基礎収入に算入されるわけではありません。
年金には、公的年金として、すべての国民が加入しなければならない(1)国民年金、一般企業の被用者が加入する(2)厚生年金、公務員が加入している(3)共済年金の3種類があります。(1)国民年金の中でも、給付の理由によって、(1-1)老齢基礎年金、(1-2)障害基礎年金、(1-3)遺族基礎年金等があります。さらに、(2)厚生年金に加入していた場合には老齢厚生年金が、共済年金に加入していた場合退職共済年金等が、上乗せされて給付されるなど、年金の種類と支給要件は様々です。恩給についても、年金のように様々な種類と支給要件が定められています。
そのため、基礎収入に入れてもよい年金・恩給と、そうでない年金・恩給があります。
例えば、交通事故に関して、最高裁判所は、国民年金の老齢年金(最高裁平成5年9月21日判決)、障害年金(最高裁平成11年10月22日判決)、退職年金(最高裁平成5年3月24日判決)については、死亡逸失利益の基礎収入とすることを認めています。
一方で、遺族年金(最高裁平成12年11月14日判決)や軍人恩給の扶助料(最高裁平成12年11月14日判決)については、基礎収入とすることを認めていません。
これまで、基礎収入に算入されるかどうかが判断された年金としては、以下のものがあります。
○基礎収入に算入されたもの
・恩給法に基づく普通恩給(本人に支給される恩給)
・国民年金法に基づく老齢年金
・国民年金法に基づく障害基礎年金
(※加給分額については認められない)
・厚生年金法に基づく障害厚生年金
(※加給分額については認められない)
・厚生年金法に基づく老齢厚生年金
・地方公務員等共済組合法に基づく退職共済年金
・国家公務員等共済組合法に基づく退職共済年金
×基礎収入に算入されなかったもの
・軍人恩給の扶助料(家族に支給される恩給)
・遺族基礎年金
・遺族厚生年金
・遺族共済年金
これらの裁判例などを見てみると、受給者本人が拠出していた年金や恩給で、現実に被害者が受給していたもの(国民年金の老齢年金、障害年金、退職年金等)については、死亡逸失利益の基礎収入とし、受給者本人の生活保障目的のもの(遺族年金や軍人恩給の扶助料)については、死亡逸失利益の基礎収入としない、というのが裁判所の基本的な考え方のようです。
もっとも、具体的な死亡逸失利益の計算は、年金の種類によって複雑な計算をしなければなりませんので、詳しくはお問い合わせください。
2 年金の受給資格がない場合(未受給資格者)
年金の受給資格がない場合、受給資格を得られるかどうか不確実なことや、年金制度自体に流動性があり、支給額や掛金にも変動があることなどから、裁判所は将来の年金受給見込額を基礎収入とすることに否定的です。
また、仮に将来の年金受給見込額を基礎収入としたとしても、掛金の控除額が将来の年金受給見込額を基礎収入として計算した逸失利益の額よりも多額になってしまうことが多く、年金を基礎収入として認めない方が、被害者にとっては利益となることがあります。そのようなことを考えると、年金の受給資格がない場合については、年金を基礎収入とする根拠もメリットもないと思われます。
第3 年金収入に対する生活費控除率
1 年金のみを受給していた場合(年金以外に収入がない年金受給者)
一般に、収入が年金のみになった場合、収入額は従前より相当程度減少し、収入に対する生活費の占める割合は高まるといえます。
そうすると、年金収入に対する生活費控除率は、一定程度の高い数値を用いることが合理的かつ現実的であるといえます。
ただし、年金受給者も、年金収入だけでなく、各種福祉サービスを利用したり、親族からの援助を受けたりして生活していることがあることも踏まえる必要があります。
そこで、年金受給者の生活費控除率は、受給年金の額をも考慮しつつ、概ね50%から80%程度の範囲内で、個別具体的に調整を図るのが相当と考えられます。
賃金収入を得ていたときより年金収入がさほど減少していない場合、親族と同居して生活費の援助等を受けている場合には、相対的に低い数値が使用されると考えられます。
他方、賃金収入時に比べ年金収入の減少が著しい場合、年金額が僅少である場合等には、高い数値が使用されると考えられます。
2 年金のほかに収入があった場合
⑴ 年金以外の収入が主たる収入の場合
賃料収入など、年金以外の収入が主たる収入の場合には、年金受給額とその収入を合計した金額を基礎収入として、そこから通常の生活費控除をする方法が通常です。上記の方法は年金を副収入と考えて、一般の控除率を使用して算出できるため、簡明といえます。
他に、その他の収入を生活費から控除し、年金収入については生活費控除をしないという方法もありますが、あまり一般的な方法ではありません。
⑵ 年金以外の収入が僅少の場合
わずかでも年金以外の収入があることにより、年金収入からの生活費の支出割合が多少低くなることが考えられます。そこで、一般の給与所得者の控除率と比較すると若干高く、年金のみ受給している者の控除率と比較すると若干低い控除率が、それぞれ使用されるべきものと考えられます。