1 はじめに
介護事故原因とした損害賠償請求訴訟では、 介護事業者側の過失と並んで、 被害者(介護サービス利用者)が負った損害の有無や範囲が大きな争点となることが非常に多くみられます。
というのも、交通事故の訴訟では、損害額の算定方法はほぼ確立しており、裁判になったとしても損害の算定方法について争点となることはあまりありません。これに対し、介護事故訴訟では損害額の算定方法が確立しているとは言えません。
また、介護事故では被害者(介護サービス利用者)の方が高齢であるため、事故前からすでに疾患や障害を抱えている(これを既往症といいます)ケースが多く、賠償額の算定にあたってはその点をどう評価するかが問題となります。
そのため、被害者が負った損害額の算定をどうするのかが、争点となって裁判で争われることが多いのです。
以下、被害者がお亡くなりになってしまった事故(死亡事故)と、そうではない事故(非死亡事故)について、それぞれ被害者の損害が争点になった裁判例を紹介します。
2 死亡事故の場合
(1) 死亡に関する本人の慰謝料
裁判所は、死亡した本人の慰謝料として、おおむね1500万円を基準とし、個別具体的な事情に応じて500万円程度増額したり500万円程度減額したりします。すなわち、死亡事故の場合、裁判所は、本人の慰謝料として1000万円から2000万円の範囲でこれを認める傾向にあります。
尚、当然ながら死亡した本人は死亡後に慰謝料を請求できる地位にはないので、実際にこの慰謝料を請求できるのは、他界した方の相続人です。遺言書などがない限り、他界した本人の相続人が法定相続分に応じて慰謝料を請求することになります。したがって、例えば配偶者が1名、子が2名いる介護サービス利用者が死亡し、その本人の慰謝料として1500万円が認められた場合には、配偶者がその2分の1である750万円を、子がそれぞれその4分の1である375万円を請求することになります。
(2)遺族の慰謝料
裁判所は、死亡した本人の父母・配偶者・子がいるときには、近親者の慰謝料として1人あたり100万円程度を基準に、生前の本人との関わりの程度に応じて、100万円から増額したり減額したりします。
配偶者の場合には150万円程度、子の場合には100万円程度が目安となるでしょう。
ただし、京都地裁平成25年4月25日判決では、誤嚥事故で妻が死亡した事案につき、夫の慰謝料として300万円を認めましたが、このケースは夫婦の関わり合いが極めて強かったようです。配偶者の慰謝料としては概ね300万円が上限額となるでしょう。
(3) 年金の逸失利益
年金受給者の方が介護事故により死亡した場合、本来であれば得られたはずの年金が支給されなくなったので、その分の年金を逸失利益として請求することが考えられます。
詳細は、コラム「年金・恩給受給者が死亡した場合の逸失利益」をご参照ください。
(4)葬儀費用
裁判所は、 葬儀費用についても、150万円の限度で損害として認める傾向にあります。ただし常に150万円が認められるというわけではなく、 実際に支出した葬儀費用の額が150万円を下回る場合や、 実際に支出した葬儀費用の額が不明確である場合には、150万円を下回る金額しか損害として認めません。
3 非死亡事故の場合
(1)何が請求できるか
非死亡事故において請求できる項目は多岐に渡ります。その点については、コラム「介護事故で問題となる損害の範囲と額」をご参照ください。
(2)将来の介護費
介護事故訴訟では、事故前の要介護度や介護費と、事故後(後遺障害が残った場合には症状固定後)の要介護や介護費を比較し、その前後でどの程度介護費が増額することになったかが問題となります。
そして、ここでも、平均寿命を基に、中間利息控除をして計算されることになります。たとえば、介護費増額分が年間100万円で、症状固定時から平均余命までが6年ですと、それに相当するライプニッツ係数は5.076ですから、507万6000円が将来介護費用として認められることになります。
ただし、当該事故がなくても将来的に介護費用が増額する可能性がある事案では、その全部が認められないこともあります。たとえば、青森地裁弘前支部平成24年12月5日判決では、要介護3で足に障害があるものの施設に日常的には入所していなかった高齢者が、介護施設の浴室で転倒して骨折し、要介護4に変更されて、それ以降に日常的に介護入所することになった事案です。この事案で、裁判所は、事故前と症状固定後とを比較して年間約85万円の介護費用が加算されたと認めましたが、そのうちの6割が事故と相当因果関係のある損害として認めました。
(3)後遺障害について
介護事故において後遺障害が認められるかどうかについては、コラム「介護事故で後遺障害が認められるためには」をご参照ください。
また、重度の後遺障害が残った場合の近親者慰謝料については、コラム「重度の後遺障害が残った場合の近親者慰謝料」をご参照ください。
4 入通院後に他界した場合
入通院後に他界してしまった場合、他界との間の因果関係が認められる限り、他界までの損害(入通院費など)と死亡による損害が認められることになります。
また、後遺障害が発生した後に死亡した事案で、死亡との因果関係が認められない場合には、後遺障害による慰謝料や逸失利益が認められることになります。
5 損害の算定は弁護士へ
このように、介護事故が生じたときの損害の算定は、裁判所の基準も確立していない点が多々あり、ケースバイケースの判断として、個別具体的に検討されます。また、損害の算定は、一部複雑な計算を要する部分もあります。さらに、証拠によっても大きく異なります。
介護事故の損害の算定についてお困りの方は、被害者の方はもちろん、事業者の方も、弁護士に相談することをお勧めします。