1 後遺障害として認められるためには
(1)労災事故の場合
まず初めに、労災事故における後遺障害について、ご案内しておきたいと思います。
労災保険は、障害補償を対象としたものです。その「労働災害障害等級認定基準」 (以下「認定基準」といいます。)は、障害補償の意義として、以下のように定めています。
「障害補償は、障害による労働能力の喪失に対する損失てん補を目的とするものと定義し、障害補償の対象乞負傷または疾病(以下「傷病」という。)がなおったときに残存する、当該傷病と相当因果関係を有し、かつ、将来においても回復が困難と見込まれる精神的または肉体的な致損状態(以下「廃疾」という)であって、その存在が医学的に認められ、労働能力の喪失を伴うもの)」
この定義を分析すると、労災の障害補償の対象となる後遺障害というのは、以下の4つの要件を満たしているものということになります。
①事故との相当因果関係を有すること
②回復が困難と見込まれること
③その存在が医学的に認められること
④労働能力の喪失を伴うこと
そして、労災事故において、後遺障害の有無や程度(等級)は、労働基準監督署によって認定されます。裁判所がその結果と異なる判断をすることあまりありません。
(2)交通事故の場合
交通事故の場合はどうかと言うと、自動車損害賠償保障法は、その施行令第2条l項2号ロ以下で、後遺障害を「傷害がなおったとき身体に存する障害」と定義し、後遺障害を同別表(以下「等級表」という。)で例示して定めています。
したがって、自動車損害賠償保障法の後遺障害とは、形式的には、傷害がなおったとき身体に存する障害で、かつ、同法施行令別表記載の障害、もしくは、これに相当する障害」と定義できます。
ところで、後遺障害の認定基準は、労災保険における障害等級認定基準に準拠することとされていますので、結局、交通事故の後遺障害といえるための実質的な要件は、労災事故の場合と同様、以下の4つということになります。
①事故との相当因果関係を有すること
②回復が困難と見込まれること
③その存在が医学的に認められること
④労働能力の喪失を伴うこと
そして、交通事故において、後遺障害の有無や程度(等級)は、損害保険算出機構という機関によって認定されます。裁判所がその結果と異なる判断をすることあまりありません。
(3)介護事故の場合
最後に、介護事故の場合はどうかというと、労災事故や交通事故と異なり、後遺障害に関する明確な定義はありません。しかし、労災事故や交通事故と同様、最低でも以下の3つの要件をみたす必要があるでしょう。
①事故との相当因果関係を有すること
②回復が困難と見込まれること
③その存在が医学的に認められること
また、介護事故の場合、労災事故や交通事故と異なり、後遺障害認定をしてくれる機関はありません。そのため、最終的には裁判所で認定してもらうしかありません。
2 介護事故において、裁判で後遺障害認定を受けるためにはどのような立証が必要か。
まず、立証の目標となるような事実を説明します。後遺障害があると判断されるためには、一般的に以下のような事実を立証する必要があります。
ア 事故の態様から認められる衝撃の程度、受傷の場所等が、後遺障害が残存しても不合理ではない程度や内容のものであること
イ 事故前と症状固定後の生活状況に明らかな変化が認められ、その原因としては、事故やそれに伴う症状であるとしか考えられないこと
ウ カルテ等から認められる治療経過や自覚症状が、一貫していること。
エ レントゲンやMRIなどの画像や各種検査の検査結果が、症状固定後の症状を裏付けるものであること
ただし、エの要件を欠いていても、アからウの要件を満たし、受傷時の状態や治擦の経過等から、痛みなどの自覚症状が医学上説明可能なものであり、神経症や故意に跨張された訴えでないと判断された場合には、14級10号に認定されます。
実際の裁判でも、診断書、カルテ、本人尋問、担当医師の意見書、証言等を参考に、総合的に判断し、症状が残存していると認められるかを判断しています。これは、前述のとおり、14級の後遺障害と認められるためには、医学的に「証明」しうることまで必要とせず、医学的に「説明」しえれば後遺障害等級認定を受けられるという事実によるものと思われます。
いずれにしても、後遺障害にあたるといえるためには、医学上、合理的な説明がつく必要があるわけですから、医学的な証拠が必須となります。
また、既往症があり、その関係で因果関係が認め難いとされた事案もありますが、その場合でも、医学鑑定もしくは医師の意見の聴取等、医学的な説明が非常に重要になってくるかと思われます。
3 具体的な立証方法について
前述のとおり、裁判で後遺障害等級に該当すると判断されるためには、医学的立証が必要となりますが、具体的に言えば、以下のような立証が有効と考えられます。
後遺障害診断書、カルテ等について
裁判所では、被害者によって神経症状が残存する旨の後遺障害診断書やカルテ等も証拠として提出されているのであれば、医師がその存在を医学的に説明しうるものとして判断したと認め、これを覆すに足りる事実の主張や立証がない限りは、後遺障害の残存が「医学的に説明しえる」と証明されたものと判断する傾向にあります。
すなわち、被害者が提出した証拠が後遺障害診断書やカルテ等の書証のみであっても、その記載の内容等から十分に合理性の認められるものであれば、他にこの証明を覆すに足りる事実の主張、立証がない限り、後遺障害の残存は立証されると言うものであるとしてます。
診察医師の意見について
次に、立証手段としての診察医師の意見が考えられます
複数の裁判例で証人尋問を実施したり、意見書が提出されるなどしており、後遺障害診断をした医師や治療を担当していた医師の証言や意見は、後遺障害と認めうる症状の存否等の認定に関し、重要な証拠と言ってよいでしょう。
担当医師も、他覚的所見がないにもかかわらず、症状が残存していると判断しえた何らかの理由があるはずですから、それを、第三者が理解できるように意見書や尋問等で明らかにし、立証することは、被害者側にとって非常に有効な立証手段と言えます。逆に、担当医師が、他者に説明しうるような根拠もないまま後遺障害が残存すると判断しているような事案では、後遺障害の残存を立証しえないのではないかと考えられます。
いずれにしても、担当医師の意見を証拠化し、提出することは非常に有効と言えますが、担当医師の意見を証拠化する場合に問題となるのはその信用性です。治療を担当した医師は、治療行為を行っているのであり、法廷で証言するために治療を行っているのではありません。治療行為を円滑に進めるには、医師は、患者との信頼関係が必要であり、そのため、裁判で証言等しても、結果的に、患者である被害者側に有利な証言等をしがちであることは否定できませんので、慎重な判断が必要でしょう。
その他の立証方法について、
カルテや診察医の意見以外の証拠でも、結局は、立証の最終的な目標である下記のような事情を示すような証拠が提出出来ればいいわけです。
ア 事故前と事故後の生活状況に明らかな変化が認められ、他に原因がなく、その原因は、症状が残存しているとしか考えられないこと
イ 明らかに身体能力や認知能力が減退していると認められること
ウ 事故の態様から認められる衝撃の程度、受傷の場所等が、後遺障害が残存しも不合理ではない程度や内容のものであること
これは症状の内容にも左右されるので、ケースバイケースとしか言えず、具体例を挙げるのは難しいですが、たとえば、事故前から介護をしていたヘルパーさんの証言とか、事故前の運動を撮影したビデオなどを提出することが考えられます。
これらの証拠を用いながら、後遺障害に該当する症状が残っているとしか考えられないと認められるような立証を積み重ねて行くしかないと思われます。
4 まとめ
以上のとおり、後遺障害と認められるためには、医学的証拠がかなり重要となります。
その資料の収集や立証については、訴訟のプロである弁護士に任せることをお勧めします。
重度後遺障害の場合に近親者慰謝料が認められるかについてはこちら
利用者のための知識
概要
介護事故に悩む利用者や、そのご家族の方にとって、介護事故を解決するために必要な基礎知識を紹介します。
各リンク先のページは、介護サービス利用者やそのご家族の方が、介護事故に関する悩みを解消するための知識を紹介するものです。
各項目の詳細な解説は各リンク先を参考にしてください。
家族など利用者側がとるべき対応
介護事故が発生した場合、事故の状況を把握し、事業者側に説明を求めることがもっとも大切です。その上で、事故の原因を特定するためにも、事故に前後する状況を記録しておきましょう。とりわけ、事故の被害者である介護サービスの利用者は認知症を患い、十分な証言を行うことができない場合も多く、訴訟になった場合に客観的な証拠が重要となる場面が多いためです。また、介護事業者の賠償責任保険の加入状況等も調べておくことをお勧めします。
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事業者がとるべき対応についてはこちら
このページでは介護事故発生時に家族などの利用者がとるべき対応について、詳細に解説しています。
年金受給者の逸失利益
介護事故で被害者が死亡した場合、被害者(被害者自身は死亡しているため、実際には相続人)は、加害者に対して、介護事故によって死亡しなければ得られたはずの利益(「逸失利益」)を損害として賠償するよう請求できます。この場合の逸失利益は、被害者の基礎収入を基準として計算されるところ、被害者が年金・恩給などを受給していた場合には、これらが基礎収入に含めて逸失利益が算定されることになります。
もっとも、全ての年金・恩給が基礎収入に含まれるわけではないため、基礎収入に含まれる年金・恩給の範囲を理解することが大切です。
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重度後遺障害の場合に近親者慰謝料が認められるか
民法711条は、被害者の両親や配偶者など近親者が行う損害賠償請求について、被害者の「生命を侵害」された場合のみを規定しています。
そこで、被害者が死亡に至らず傷害を負ったにとどまる場合も、近親者の慰謝料請求が認められるかが問題となりますが、最高裁は、被害者が「生命を害された場合にも比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けた」ときに限り請求を認めています(最判昭和33年8月5日)。
したがって「生命が害された場合にも比肩すべき」とはいかなる場合かが問題となります。
重度後遺障害の場合に近親者慰謝料が認められるか
このページでは、「生命が侵害された場合にも比肩すべき」場合について解説をしています。
介護事故で後遺障害が認められるためには
介護事故の場合、後遺障害を認定する具体的な基準がなく、労災事故や交通事故と異なり、後遺障害認定をしてくれる機関もありません。そこでいかなる場合に後遺障害が認定されるか問題となりますが、最終的には、訴訟を提起して裁判所に認定してもらうことになります。
介護事故で後遺障害が認められるためには
このページでは、介護事故で後遺障害が認められるためには何を立証する必要があるのか、またそのための具体的な立証方法について解説しています。
部位別の後遺障害認定基準
一言で後遺障害といっても、後遺症が発症する部位によって、その認定基準は様々です。
そこで具体的場面において、ある症状が後遺障害と認定される程度に達しているか、おおよその基準を理解しておくことが大切です。
部位別の後遺障害認定基準
このページでは、部位ごとの後遺障害の認定基準についてまとめています。
1 はじめに
介護事故原因とした損害賠償請求訴訟では、 介護事業者側の過失と並んで、 被害者(介護サービス利用者)が負った損害の有無や範囲が大きな争点となることが非常に多くみられます。
というのも、交通事故の訴訟では、損害額の算定方法はほぼ確立しており、裁判になったとしても損害の算定方法について争点となることはあまりありません。これに対し、介護事故訴訟では損害額の算定方法が確立しているとは言えません。
また、介護事故では被害者(介護サービス利用者)の方が高齢であるため、事故前からすでに疾患や障害を抱えている(これを既往症といいます)ケースが多く、賠償額の算定にあたってはその点をどう評価するかが問題となります。
そのため、被害者が負った損害額の算定をどうするのかが、争点となって裁判で争われることが多いのです。
以下、被害者がお亡くなりになってしまった事故(死亡事故)と、そうではない事故(非死亡事故)について、それぞれ被害者の損害が争点になった裁判例を紹介します。
2 死亡事故の場合
(1) 死亡に関する本人の慰謝料
裁判所は、死亡した本人の慰謝料として、おおむね1500万円を基準とし、個別具体的な事情に応じて500万円程度増額したり500万円程度減額したりします。すなわち、死亡事故の場合、裁判所は、本人の慰謝料として1000万円から2000万円の範囲でこれを認める傾向にあります。
尚、当然ながら死亡した本人は死亡後に慰謝料を請求できる地位にはないので、実際にこの慰謝料を請求できるのは、他界した方の相続人です。遺言書などがない限り、他界した本人の相続人が法定相続分に応じて慰謝料を請求することになります。したがって、例えば配偶者が1名、子が2名いる介護サービス利用者が死亡し、その本人の慰謝料として1500万円が認められた場合には、配偶者がその2分の1である750万円を、子がそれぞれその4分の1である375万円を請求することになります。
(2)遺族の慰謝料
裁判所は、死亡した本人の父母・配偶者・子がいるときには、近親者の慰謝料として1人あたり100万円程度を基準に、生前の本人との関わりの程度に応じて、100万円から増額したり減額したりします。
配偶者の場合には150万円程度、子の場合には100万円程度が目安となるでしょう。
ただし、京都地裁平成25年4月25日判決では、誤嚥事故で妻が死亡した事案につき、夫の慰謝料として300万円を認めましたが、このケースは夫婦の関わり合いが極めて強かったようです。配偶者の慰謝料としては概ね300万円が上限額となるでしょう。
(3) 年金の逸失利益
年金受給者の方が介護事故により死亡した場合、本来であれば得られたはずの年金が支給されなくなったので、その分の年金を逸失利益として請求することが考えられます。
詳細は、コラム「年金・恩給受給者が死亡した場合の逸失利益」をご参照ください。
(4)葬儀費用
裁判所は、 葬儀費用についても、150万円の限度で損害として認める傾向にあります。ただし常に150万円が認められるというわけではなく、 実際に支出した葬儀費用の額が150万円を下回る場合や、 実際に支出した葬儀費用の額が不明確である場合には、150万円を下回る金額しか損害として認めません。
3 非死亡事故の場合
(1)何が請求できるか
非死亡事故において請求できる項目は多岐に渡ります。その点については、コラム「介護事故で問題となる損害の範囲と額」をご参照ください。
(2)将来の介護費
介護事故訴訟では、事故前の要介護度や介護費と、事故後(後遺障害が残った場合には症状固定後)の要介護や介護費を比較し、その前後でどの程度介護費が増額することになったかが問題となります。
そして、ここでも、平均寿命を基に、中間利息控除をして計算されることになります。たとえば、介護費増額分が年間100万円で、症状固定時から平均余命までが6年ですと、それに相当するライプニッツ係数は5.076ですから、507万6000円が将来介護費用として認められることになります。
ただし、当該事故がなくても将来的に介護費用が増額する可能性がある事案では、その全部が認められないこともあります。たとえば、青森地裁弘前支部平成24年12月5日判決では、要介護3で足に障害があるものの施設に日常的には入所していなかった高齢者が、介護施設の浴室で転倒して骨折し、要介護4に変更されて、それ以降に日常的に介護入所することになった事案です。この事案で、裁判所は、事故前と症状固定後とを比較して年間約85万円の介護費用が加算されたと認めましたが、そのうちの6割が事故と相当因果関係のある損害として認めました。
(3)後遺障害について
介護事故において後遺障害が認められるかどうかについては、コラム「介護事故で後遺障害が認められるためには」をご参照ください。
また、重度の後遺障害が残った場合の近親者慰謝料については、コラム「重度の後遺障害が残った場合の近親者慰謝料」をご参照ください。
4 入通院後に他界した場合
入通院後に他界してしまった場合、他界との間の因果関係が認められる限り、他界までの損害(入通院費など)と死亡による損害が認められることになります。
また、後遺障害が発生した後に死亡した事案で、死亡との因果関係が認められない場合には、後遺障害による慰謝料や逸失利益が認められることになります。
5 損害の算定は弁護士へ
このように、介護事故が生じたときの損害の算定は、裁判所の基準も確立していない点が多々あり、ケースバイケースの判断として、個別具体的に検討されます。また、損害の算定は、一部複雑な計算を要する部分もあります。さらに、証拠によっても大きく異なります。
介護事故の損害の算定についてお困りの方は、被害者の方はもちろん、事業者の方も、弁護士に相談することをお勧めします。